1. 定義と概要
AI・データの利用に関する契約ガイドラインとは、経済産業省が2018年6月に策定した、データ利活用とAI技術を利用したソフトウェアの開発・利用に関する契約実務の考え方を整理した文書です。本ガイドラインが対象とするのは、企業どうしがデータをやり取りする場面と、AI技術を利用したソフトウェアを開発・利用する場面の2つです。いずれの場面でも、契約で何をどう決めておくべきかの考え方がまとめられています。
前半のデータ編とは、データの取り扱いに関する契約を扱う部分を指します。後半のAI編は、AI技術を利用したソフトウェアの開発・利用契約を扱う部分です。本ガイドラインは法令のような法的拘束力を持つものではなく、契約当事者が合意形成を行う際の手引きという位置づけです。
AI技術を利用したソフトウェアの開発では、開発初期の段階で成果物である学習済みモデル(AIに大量のデータを学習させて完成した、判断や予測ができる状態のプログラム)の性能を確約しにくいという不確実性があります。学習済みパラメータ(学習の過程で調整される内部の数値)や生成物の権利帰属(完成した成果物の著作権や利用できる権利が誰のものになるかということ)についても、確立した法解釈が存在しないという難しさがあります。
さらに、開発に必要なデータの経済的価値や秘密性の扱いをめぐってユーザとベンダの利害が対立しやすく、契約実務の経験や慣行も十分に蓄積されていませんでした。こうした課題に対応するため、経済産業省は2018年6月に本ガイドラインの初版を策定しました。
2019年12月には、不正競争防止法(不正な手段で他社の利益を害する行為を規制する法律)上の限定提供データ制度への対応等を反映した1.1版へ改訂しています。限定提供データとは、事業者が電磁的方法により相当量を蓄積・管理し、特定の相手に限って提供する、同法の保護対象となるデータです。
なお、2024年4月に総務省・経済産業省が策定したAI事業者ガイドライン(AIに関わる事業者全体の心構えやルールを幅広くまとめた、より新しい別の政府指針)でも、本ガイドラインを参照する際の留意事項が別添として整理されています。
2. 試験対策ポイント
まず取り上げたいのは、データ編が扱う3つの契約類型です。データ提供型(一方の会社が持っているデータをもう一方に提供する際の契約類型)は、一方当事者が保持するデータを他方に提供する場合の考え方を扱います。
データ創出型(複数の会社が関わって新しく生まれたデータの扱いを決める契約類型)は、複数当事者の関与で新たにデータが生まれる場合を扱います。データ共用型(プラットフォーム型)は、複数の会社がデータを持ち寄り、共通の基盤を通じて使い合う契約類型です。3類型はデータの保持状況や関与する当事者数の違いで整理されており、あわせて確認しておきたい分類です。
AI編は開発を1本の契約で進めるのではなく、アセスメント段階・PoC(概念実証。狙った精度のAIが作れそうかを試しに検証すること)段階・開発段階・追加学習段階の4段階に分けて契約を積み重ねる、探索的段階型(開発を複数の段階に分け、様子を見ながら進めていく考え方)の考え方を提唱しています。段階と契約の対応は、次のように整理できます。
| 段階 | 結ぶ契約 | 主に行うこと |
|---|---|---|
| アセスメント段階(本格的な開発の前に、AIが実現できそうかを少量のデータで見極める最初の段階) | 秘密保持契約(NDA) | 少量のデータで実現可能性を検証する |
| PoC段階 | 導入検証契約 | 希望する精度が出せるかを確かめる |
| 開発段階(実際に大量の学習用データを使ってAIモデルを完成させる段階) | ソフトウェア開発契約 | 学習済みモデルを生成する |
| 追加学習段階(完成したAIモデルに、新しいデータを追加で学習させて性能を上げる段階) | ー | 納品済みモデルに新しいデータで学習させる |
秘密保持契約(NDA)とは、取引の中で知った相手の秘密情報を外部に漏らさないと約束する契約です。各段階で結ぶ契約の種類と成果物の違いは、混同しやすいところです。
ガイドラインが必要とされた背景には、AI開発の特性上、開発初期の段階で成果物の性能を予測しにくいことや、学習済みパラメータなどの権利帰属についての解釈が固まっていないことがあります。この2点は、関連用語とあわせて整理したい論点です。
2018年6月の初版から2019年12月の1.1版への改訂は、不正競争防止法の限定提供データ制度への対応が理由であり、法改正に応じて内容が更新される性質の文書であることも押さえておきたいといえます。本ガイドラインは法令のように拘束力を持つものではなく、契約当事者の合意を強制するものでもない、という位置づけの理解も取り違えやすい点です。
3. 関連概念との比較・相違点
AI事業者ガイドラインとの最大の違いは、対象範囲にあります。AI事業者ガイドラインは、AIガバナンス全般を扱う統合的な指針であるのに対し、本ガイドラインは契約実務に特化した個別文書という位置づけです。
AIにまつわる幅広い心構えやルールを扱うAI事業者ガイドラインに対し、本ガイドラインは契約書を作成する実務の場面に絞って考え方を整理している点で異なります。AI事業者ガイドラインを読むだけでは実際の契約書にどう落とし込むかまでは判断しづらく、契約実務の場面では本ガイドラインが定める契約類型や開発段階の整理が具体的な手がかりです。
秘密保持契約(NDA)との最大の違いは、抽象度にあります。NDAはアセスメント段階などで実際に取り交わす個別の契約書の一種であり、本ガイドラインは複数の契約類型・開発段階を横断して契約実務の考え方を整理した政府文書です。
NDA自体の細かな条項は個別の契約実務の話であり、本ガイドラインはその手前にある、契約全体の設計図のような役割を担っています。NDAで秘密情報の取り扱いを定めるだけでは、その後の開発段階でどんな契約を結ぶかという論点までは扱われず、本ガイドラインの段階別整理とあわせて参照される関係にあります。
4. ビジネス・実務での活用シナリオ
AI開発を受託するベンダ企業では、受託開発の各段階に応じて契約書を分ける場面で、ガイドラインの考え方が実務上の判断材料です。アセスメント・PoC・開発・追加学習の段階ごとに契約を分けることで、学習済みモデルや生成物の権利帰属を段階に応じて整理する運用が広がっています。開発初期に成果物の性能を確約しにくいAI開発の特性を踏まえ、段階を追うごとに契約内容を具体化していく進め方が実務で採られています。
データを保有する事業会社では、自社の顧客データや生産データを外部のAIベンダに提供する際、データ提供型契約の考え方が実務上の拠り所です。データの利用範囲や責任分担をあらかじめ取り決めておく運用により、提供したデータがどこまで使われるかという線引きが明確になります。データの経済的価値や秘密性の扱いをめぐる利害対立は、契約の段階で整理される論点です。
複数事業者間のデータ連携プラットフォームを運営する場面では、参加事業者からデータを集約・共用する際の利用条件を整備するにあたり、データ共用型(プラットフォーム型)契約の論点整理が参照されます。複数の事業者が同じ基盤上でデータを持ち寄る仕組みでは、誰がどこまでデータを使えるか線引きが曖昧になりやすく、あらかじめ整理された考え方が契約設計の土台として参照されています。
5. 要点まとめ
- 経済産業省が2018年6月に策定し、2019年12月に1.1版へ改訂した文書で、データの取り扱いを扱う「データ編」とAI開発・利用契約を扱う「AI編」の二部構成です。
- データ編はデータ提供型・データ創出型・データ共用型(プラットフォーム型)の3類型、AI編はアセスメント・PoC・開発・追加学習の4段階で契約の考え方を整理する構成です。
- AI開発は成果物の事前予測や権利帰属の整理が難しいという特性があり、法的拘束力を持たない契約実務の手引きとして位置づけられています。
6. 確認問題
問1AI・データの利用に関する契約ガイドラインは、経済産業省が策定したものであり、データの取り扱いを扱う「データ編」とAI技術を利用したソフトウェアの開発・利用契約を扱う「AI編」の二部構成になっている。
解答・解説をみる
○ 正しい
正しい内容です。経済産業省が策定した本ガイドラインはデータ編とAI編の二部構成であり、それぞれ扱う対象が異なります。データ編は3つの契約類型、AI編は4つの開発段階を扱う点もあわせて整理しておきたいところです。
問2AI編で提唱されている探索的段階型の開発方式は、アセスメント段階・PoC段階・開発段階・追加学習段階の4段階に分けて、段階ごとに契約を結びながら進める考え方である。
解答・解説をみる
○ 正しい
正しい内容です。開発初期に成果物を確定しにくいAI開発の特性を踏まえ、段階を分けて契約を積み重ねる考え方が提唱されています。段階ごとに締結する契約の種類が異なる点も押さえておきたいポイントです。
問3AI・データの利用に関する契約ガイドラインは法的拘束力を持つルールであり、当事者の契約内容を直接制約するものである。
解答・解説をみる
× 誤り
正しくは、本ガイドラインは法令のような法的拘束力を持つものではなく、契約当事者の合意形成を助ける手引きという位置づけになります。契約の自由を制約するものではない点が、取り違えやすいところです。

